青森松原教会ホームページ

青森松原教会は134年の歴史を持つ、キリスト教の教会です。

TEL:017-776-4800

 FAX:017-723-6809

〒030-0813 青森市松原1-16-27

ブログ

召天者記念礼拝(諸聖徒の日)

11月6日(日)は、先に天へと召された兄弟姉妹を覚えて、礼拝をささげました。礼拝堂には召天された兄弟姉妹のお写真がたくさん並べられていました。子どもの頃から教会に通っていた私には、記憶にある方がたくさんいらっしゃいます。

ひたむきに神さまに祈る姿、祈る言葉に胸を熱くし、心満たされたこと、様々な教会の奉仕をてきぱきと笑顔で楽しそうにこなしていた姿に、こんなふうになりたいなと思ったこと、教会学校にたずさわり、教会に集う子どもたちに愛情を注ぐ姿、わたしも含め大勢の子どもが集って、満たされた時間を過ごしたこと、他にもたくさんのことが、写真を見ると思い出されます。豊かな時間を教会で過ごしてきた、子どもの頃が思い出されます。

自然に「お手本」として諸先輩方の信仰の姿を見て過ごしてきたと気づかされます。喜びが溢れる兄弟姉妹のお姿に、「教会には大切なものがある」と子どもの私は感じていたと気づかされます。

教会生活を継続していくことは、簡単ではありません。心ざわつくこともあります。そんな私を、いつも教会に招いてくださる神さまに感謝致します。

(S)

ほんのひと匙(さじ)の楽しみ

9月の中頃から次男の弁当作りをしていますが、水分補給にと、市販のお茶を持たせていました。次第に気温が低くなり、温かいものがほしい季節になったので、温かい煎茶、麦茶、こんぶ茶などを代わるがわる作って持たせていたところ、姉から「煎茶に抹茶を少し入れても美味しいわよ」と聞いたので、いろいろと入れ方を工夫してみました。

抹茶を入れると、とてもきれいな緑色になり、また香りもよく、嬉しい気分になりました。

また、抹茶を手にしたことから、茶道(表千家)を習っていた20代の頃のことを思い出したのです。短大を卒業し、就職し、多忙な日々を送っていた時で、何か気持ちが落ち着くようなことをしたいと思っていた時でした。、5年位も続いたでしょうか。もうすっかり忘れてしまっていたことが次から次へと頭に浮かんできました。

抹茶特有の香り、何とも言いようのない深い味わいを醸し出す香りが大好きで、気に入っています。

煎茶にほんのひと匙、抹茶を入れたことから昔の思い出が甦ってきたのです。

私は、この抹茶との再会を機に、これからも弁当作りを続けながら、細やかな楽しみにしたいと思っています。

(R.E.)

自分を励まして

やっと探し当てた、ユーモア作家S女史の本を読んで、次の記事にぶつかってハッとしました。

「若い頃のおしゃれは、美しく見せるのが目的。中年以降のそれは、心にハリを持たせて自分を励ますことに意味があるのです。」

この文章は、私にデイケアで出会うあの人、この人と、何人かの人のことを思い浮かばせました。デイケアに通う人々は大まかに言って年齢が近いです。私の目から見て「この人こんなことに気を使って、ご苦労さん。」と思わせられることが多々あります。

着る物については後回しにして入浴のあと、ヘアクリームで髪を整える人。コンパクトに向かって顔をパフで叩いている人が目に入ると「私には全く思いもかけないことに精を出す人も居るものだなぁ」と感心してしまいます。

私ときたら、白髪頭にブラシをかけただけのひっつめ型。抜けた歯の数が増えて歯医者にかかったら少しの説明の揚げ句に総入れ歯になってしまいました。

一番困っているのはヨロヨロ歩きを直したくて杖をつくのに、その杖に頼りたくて力の入れすぎの為に疲れ易いこと等々です。どんなに感銘的な記事にめぐり合っても全くどうにもならない体の衰えようです。

色々考えていたら、私は子供の時分の着物のおしゃれについて思い出しました。何故なのか私は赤い物が嫌いだったのです。好きな色は明るい青でした。模様には関係ありませんでした。母には2、3年毎の着物の取り換え時、どんなにか厄介をかけたことでしょう。

90代の道を生きる私には、白髪を染めたりパーマをかけたりすることは、自分の身をいじめるように思えてやる気はありませんでしたが、S女史の言葉には心を打たれました。20代の頃に周りの誰よりもパーマをかけることが遅かった私を「大和魂の権化」とからかった人が居たことを思い出しましたが、私は平穏な心境を保つことが出来ます。「人は人、自分は自分」です。

「水は方円の器に従う」

私はこの心境を持続する自信と感謝を神様から与えられていることを自任しているからです。

(K.N.)

創立125周年でした

青森松原教会では2016年10月1日(土)に創立125周年を迎え、10月2日(日)に記念礼拝を行いました。吉祥寺教会の吉岡康子牧師の説教を聞きました。

現在の大澤牧師をはじめとして青森戸山教会の金牧師、前戸山教会の衛藤牧師など数々の牧師さんを青森県に派遣するようにしてくれた牧師さんということで、どのような方なのか楽しみにしていました。語り口は迫力がありましたが、エレガントで女性らしい方でした。

10月23日(日)にはキスト岡崎さゆ里宣教師ご夫妻、10月30日(日)には弘前学院大学の楊尚眞(ヤン・サンジン)牧師とハンドベルクワイアの皆さん、と特別伝道集会が続きます。

どうぞ青森松原教会へ足をお運びください。

 (M)

新たなスタート

青森松原教会は、創立125周年を迎えました。神さまのお守りとお導きに感謝いたします。

教会創立記念日を迎える時は、教会のこれまでの歴史を思い、新しい一年を踏み出す気持ちになります。喜びと責任を感じます。多くの先達、牧師、長老や教会員の方々の篤い信仰が、これまでの青森松原教会を支えてきたことに感謝します。

教会生活は、喜びや楽しさより、責任を強く感じていますが、神さまのお喜びになることは何かと考えながら、喜びをもって教会の働きに臨みたいと思います。

(S)

初めてのショートステイ

小学4年生の時、劇団四季のミュージカル『むかし、むかし象が来た』を初めて観て、ミュージカルが好きになりました。お母さんも初めて観て好きになりました。それから、青森で劇団四季の公演があるたびに観につれて行ってもらいました。

いろいろなミュージカルを観た中で、『夢から醒めた夢』(原作・赤川次郎)が一番好きです。これまで4回観ました。今は視力が無くなってビデオが見えなくなったので『夢から醒めた夢』の公演のCDをかけて、ステージのシーンを思い浮かべたり、劇中で歌う歌「夢を配る」「二人の世界」「愛をありがとう」等を聴いて楽しんでいます。

9月5日~6日ショートステイで金浜療護園に1泊しました。初めてだったので、不安と楽しみが半分ずつで緊張していましたが、松原教会のラベンダーの会の皆さんが昼食会をして励まして下さり「神さまに守られて、無事にショートステイができますように」とお祈りしてくれたので、私はとても勇気をもらいました。

1週間前に風邪をひいてしまって「神さまショートステイの日まで元気にして下さい」と私は毎日神さまにお祈りしました。 そして『夢から醒めた夢』のCDを持って行って部屋で聴きながら、初めてのショートステイを無事に終えることができました。

いつも私の側にいて守って下さる神さまに感謝します。

神さまありがとう!

(H.F.)

大きい金のメダル

今月の初め、孫の運動会があり、家族で応援にかけつけました。

孫の出る種目は50m走、玉入れ、綱引き、大玉運び、親子障害走、リレー等と、たくさんあり応援する方もあちらこちら移動し、忙しくて手大変でした。

暑い日差しの中、汗をかきながら懸命に走る園児たちの姿を見て、とても嬉しく、これまでの成長を心から神さまに感謝しました。

 

この運動会で特に心に残ったことは、開会式の園児代表の言葉でした。

「私たちは、転んでも泣かないで、最後まで一生懸命走ることを誓います。」

と、可愛い声で宣言したことが、心にグッときました。

 

又、園長先生のお話しの中で

「転んでも、泣かないで一生懸命走って下さい。一生懸命走った人には、リオデジャネイロのオリンピックの選手がもらう、どのメダルよりも大きい金のメダルを皆さん全員にあげますよ」と話された事が、とても印象的でした。

走り終えた後、園児たちの胸にはお日さまにキラキラ光り輝いている、大きい金メダルがありました。

“みんなメダルをもらえて良かったね”

(R.E.)

image1

『白愁のとき』に見まわれて

夏樹静子氏の『白愁のとき』を本棚に見出して読んで見ました。以前に「白愁」という言葉を説明した記事を思い出し、自分の日常生活に心を寄せたりしながら……。白愁=人生の秋。30代、40代の時の如く仕事に合わせる能力が身心共に衰えて来る時季。女の更年期、男にも更年期あり等(など)いう。語源は確か中国で、人生の年月を季節に例えて分別し、それに色をあてはめてる。

① 青春=若さいっぱいの20才前後。石坂洋次郎の「青い山脈」がピッタリだと思う。

② 朱夏=人生の真っ只中。25才~45才。男盛り、女盛りと言われる。

③ 玄冬=(玄)は奥深くて光の及ばない所の色。黒。天の色。

小説の荒筋は省略します。主人公は52才の優秀な造園業を営む男性。叔母がアルツハイマー症に犯されて若死した事もあって、近頃の自分が頻繁におそわれる物忘れ、不眠症、仕事のミス等に一喜一憂の日々に喘いでいます。その様子が縷々画かれて居ます。精神科医を友人に持って居るので良く訪ねては苦悶を訴えています。

私にも彼に似た症状が50年前から生じました。呑気に構えては居ますが、TVを見ていて困る事があるのです。「この話はちゃんと聞きたいな。」と耳を傾けた途端に場面が移って字幕が消えてしまうことです。「こんな時に必ず思い出すのが、20代の事です。学校の体操場での映写会でナレーターをやっていたことです。画面が新しくなった瞬間、全面的映に写場面も字幕も頭に焼きつき、役目を完全に果たす事がきたのです。昔の話を持ち出してもどうにもならないと諦めるばかりですが・・・・・

この小説には次の終末分野があって私を救ってくれました。神からの恵みだと感謝いっぱいです。

◎「みんな、のべつ物忘れしながら生きているのだと彼は急におかしくなった。(中略)第一凡ては疑いでしかないのだ。」

◎「凡ての物は移ろい、移ろいながら永続して行く時の景なのだ。と考えよう。この爽秋の果てない大気の中に身も心も魂も溶けて行く。永遠と一体になるのだ。」彼は秒を刻む腕時計を空高く放り出して小説は終わりました。

そして私も「白愁」という美しい言葉の裏に潜む恐い物の存在を暫し遠のけて、穏やかな一つの別れを致しました。

神様ありがとうございました。

(K.N)

奥羽教区全体修養会に参加して

2016年8月1日から3日まで、秋田市のさとみ温泉で行われた全体修養会に行ってきました。秋田駅に降りるとそれだけで汗が流れてきました。講師は滝野川教会牧師・聖学院大学理事長である阿久戸光晴先生でした。1日目と2日目と講演を拝聴したり、オプションの秋田教会巡りをして1975年から1981年までの間に涙を101回流されたマリア像を見に行ったり、別コースの美術館巡りの方では竿灯祭りの実演を見たという話しを聞いて(それも体験したかったなあ」と思ったり。

オプションに参加しなかった人のためにはホテルに2つのワークショップが用意されていました。自殺予防の現場からの報告と性の多様性の問題(LGBT)を考える会でした。勿論、疲れたら自分の部屋で休んでいることも可能でした。

3日目、午前中だけの日程でしたし、講師の先生のお話といっても長くお話しなさらないのではと思いましたが違いました。パソコンを使って井深八重姉の生涯を描いた短い記録映画を上映しました。私が中学・高校時代によく親しんでいた遠藤周作の作品のひとつ「わたしが・棄てた・女」のヒロイン、ミツのモデルになった方です。1987年名門井深家に生まれた彼女は、英語も堪能な美しい女性に育ちました。大学も卒業し、あとは幸せな結婚をするだけとなったある日、首に赤い湿疹がいくつかできました。病院に行ったところ「ハンセン病の疑いあり。」と診断され、人生が一変します。御殿場にある神山(こうやま)復生病院に何もつげられず連れて行かれ、本名を奪われ新しい名前をつけられます。暗い絶望の淵の中にあった八重姉の心を神むけさせたのは医師も看護婦もいない中で懸命に手当てをするドイツ人のレゼ神父の姿でした。神父の愛誦の「空の空なり」(くうのくうなり)(文語訳聖書、コヘレト1章2節)それは「空(くう)であることもまた空(くう)である。それゆえその中で永遠に残るのは神の愛。」のちにハンセン病でなかったことがわかりますが、八重姉は看護師の資格を取り病院に帰り全てを捧げる人生を選びます。国際ナイチンゲール賞を受賞し、マザーテレサとも友人になりました。いつも飾らず、神に派遣された意味を常に考えていた生涯でした。最後の日の講演であるし、好きな作家の作品を思い出したので、一番印象に残りました。

新しいお話を聞いて考えるということは楽しいことです。遠くの修養会には行けないけれど、近かったらまた行きたいなと思いました。

(M)

わたしの8月

私はカナカナ蝉のあの澄んだ、綺麗な美しい声が嫌いです。

8月と言えば先ず終戦記念日が頭に浮かびますが、空襲で家を焼かれ、農家の物置を借りて両親と3人で住む事になりました。私は15歳でした。

牛と同居しており、丈の低い板囲いの上から牛がにゅーっと目の前に顔を出すので、慣れるまで大変でした。

無い無いづくしで、何にもない、学校も焼けたから行く所がない、唯、降るような「カナカナ」の声と、牛の動く物音だけ、本を読みたい、活字なら何でも良いと思いました。

それでも「はだか電球の明るさ」、座敷の方から聞こえるラジオの「リンゴの歌」のメロディーに心が弾みました。

でも、2ヶ月後に届いた兄の戦死の報せの悲しみは、消すことができません(26歳。好きな人も居たのに……)。

「いつまでも平和でありますように」と、祈るばかりです。

(C.K)