青森松原教会ホームページ

青森松原教会は127年の歴史を持つ、キリスト教の教会です。

TEL:017-776-4800

 FAX:017-723-6809

〒030-0813 青森市松原1-16-27

未分類

病を与えられて

 皆さんも健康診断を受けられていると思いますが、今年の健診で以前からあった不整脈が悪性化していることが分かり病院へ行ったところ、Drより心電図を見ながら「これが続くと突然死になる。」と言われ直ぐに入院。それまで自覚症状が無かった私はビックリ!親や夫を置いて死ねないという思いがよぎりました。入院後、点滴や薬で不整脈を軽減し、心臓の検査を行った結果異常なく退院。後日、再入院し不整脈のカテーテル治療を行い、現在は不整脈が無い状態になりました。
 今後、再発する可能性もありますが、病気になったことで生活全般を見直すことができ、周囲の方達に支えられていることを新めて実感しました。神様に与えられた病に感謝です。Y. K.

ルバーブ&カシスジャム64個、できました。

 青森松原教会の女性の会では、毎月第一火曜日と第三火曜日に10時から都合のつく会員や、会員でない方や男性でも大歓迎で集まって、布巾を縫ったりルバーブ&カシスジャムを作ったりしています。たいていお昼ご飯を食べるのでその時だけの参加でもいいのです。料理は皆で持ち寄ります。私は料理が苦手なので毎回ではありませんが、コンビニでお菓子を買って行ったりしています。たまには有名なお菓子屋さんで仕入れないといけませんね。本格的な手作りパンや野菜いっぱいのおかずなど、とてもおいしいからです。恐縮してしまいます。

第五金曜日がある月にはその日にも集まって、布団部屋の布団を干したりすることもあります。その季節や天候によってやることは変わります。お食事会をすることもあります。

 7月16日(火)は第三火曜日でした。今回はルバーブ&カシスジャムを64個作りました。青森松原教会でこのジャムを作り始めて10年くらいになるそうなのですが、一回のジャム作りでできた数では過去最高らしいです。ジャムを作るためには最低5人必要でこの日は8人集まりました。この他にもご自分のお庭で育てたルバーブやカシスを提供してくださったり、雲谷(もや)のカシス収穫体験からとってきたものをわけてくださったり、と様々な奉仕がありました。

 10時から14時20分頃までかかりました。途中お昼ご飯休憩があったり、私は他の用事でなかぬけしたりしました。最初から最後まで奉仕された方々はどれほど暑かったことでしょう。暑い日でした。その中でジャム瓶やその蓋の消毒、そして出来上がった後の脱気と、火を使う仕事ばかりでしたから。ジャムの材料だって煮込みますしね。

 1個450円です。教会受付で販売しています。

また10月19日(土)の教会バザーでも販売いたしますのでよろしくお願いします。

毎年9月に教会バザーを開いていましたが、今年度は都合により10月19日の開催になりました。お間違えのないようにお願いいたします。

 普段の礼拝(毎週日曜日10時30分~)や聖書を学び祈り合う会(毎週水曜日10時30分~11時30分)にもお越しください。お待ちしています。聖書を学び祈り合う会では創世記の学びを続けています。アブラハムの妻サラが亡くなった後、主人公がアブラハムから息子イサクに変わりつつある箇所を今、読んでいます。7月10日(水)ではサラが亡くなりました。後に信仰の母と呼ばれるサラですが、自分の死後であっても神の約束が成就される日は必ず来ると確信し、天国に旅立ちました。その深い、神に対する信頼を私も持ちたいものだと思いました。(M. T.)

あなたの父母を敬え

最近、施設に入っている母が入院しました。ちょっとした骨折だ。

突然、施設から知らせがきて、家族がいないと入院できないそうで、「すぐ、病院に行ってください」、と言われ、あわてて病院に行った。タクシーに乗りながら、母の容態はどうかとか、どの位の入院生活か、とか頭の中は母のことばかり。でも、病院で会った母は案外、元気で2、3週間の入院と言われていた。ただ、車いすは気になったが、施設に入所して6年かしら、今で2度目の入院。入院するとほとんど病院と家族の手に任せられるので、私ものん気にしていられない。洗濯に来たり、入院費のために銀行へ行ったりと何かと出かけた。ほとんど自分の事はそっちのけでいたが、普段していない親孝行になるのかと思っていた。なら、心を込めて親孝行しよう、そう思ってがんばった。色々やっていると母は、「どうも、ありがとう」と言ってくれるが、「そんな言葉、言わないで、当たり前なのに」と思ってしまう。「こんな親孝行の機会、これから何回あるのかしら」と思いながら、「元気でいてくれればそれでいい」、そう思った。

結局、母は27日間入院し、明後日、退院する。コルセットをつけながらの退院です。神様に感謝しながら、この文面を書きました。(N. T.)

この場所に住んでよかった!!

わたしは堤町の住人。東日本大震災の前年に引っ越ししてきました。堤町と言っても結構広いのですが、住まいは国道バス停「堤橋」のすぐ近く。

 ここに引っ越してきて、もっとも良かったことの一つは、遊歩道がすぐ近くにあり、遊歩道を西に進めば平和公園があることです。

 平和公園は、1968年(S43)の7月までは「東北本線・浦町駅」でした。駅の跡地が公園になり、線路が遊歩道という大変身。跡地が、神さまの恵みを日々味わえる、緑と花の場所に変わったことは、なんと素晴らしいことでしょう。雀、烏、鳩、時には通路を虫が這っていたり、蝶が飛んでいたり。生き物たちも遊歩道の仲間です。

 樹木や草、花の他にも季節の移り変わりを知らせてくれるものがあります。教会に行く時、遊歩道を横切りますが、そこに幼児4人の裸ンボのブロンズ像があります。冬場には囲いで覆われるのですが、囲いが外されると、“春がきた!”と嬉しくなります。

  最もワクワクするのは桜の季節です。桜並木になるのです。特に松原通りに近い付近は、桜と芽吹き初めのみずみずしい柳の葉が重なり合って、いつの年も“きれいだな〜”と見入ります。

 桜・柳の他に、松、杉、満天星躑躅(どうだんつつじ。結構高さがあり、可愛い花がいっぱい咲きます。漢字がこのようであることは知らなかった!)、紫陽花(あじさい、今、満開)。松原通りから遊歩道に入ると、春にはチューリップ、今はマリーゴールドが花壇いっぱいに咲いています。立派な藤棚もあり、葉は生き生き棚を覆っているのですが、花が咲いたのを見たことはありません。

 その付近には、ディズニーのキャラクターや小動物が、土に固定されて飾られています。それをしてくださっているのは、近所のご夫婦で、時には奥様のアメリカン調の生活が描かれたペィンティング・ボードが所々に飾られていることもあります。わたしは感謝しつつ喜んで、それを眺めているだけですが、そのことでそのご夫婦と繋がっていると思えるのです。松原通りから入って、平和公園に続く遊歩道、どうぞ歩いてみてください。

東屋もあるので、座って遊歩道を眺めたり、一息つくのもいいですよ。(S. K.)

コーチングネットワークに参加して来ました

2019年6月3日(月)~4日(火)、弘前西教会で行われたコーチングネットワークに参加して来ました。9月16日(月)~17日(火)、奥羽教区の婦人会連合で青森市浅虫の海扇閣というホテルを舞台に、香川県さぬき市にあるOVMC津田キリスト教会牧師・水村光義先生をお迎えしてコーチングの教えを学ぶことになっているからです。5月17日(金)北西地区婦人会連合連絡会の時、青森県でコーチングを実践していらっしゃる弘前西教会の牛山先生から教えを受けました。その際6月3日(月)~4日(火)に弘前西教会でコーチング・セミナーがあります、と書かれたチラシを見た訳ですね。百聞は一見にしかずだから行ってみようと思いました。

 まず迎えてくださった弘前西教会の方々にお礼申し上げます。そして参加された他の教会の牧師さんや宣教師さんの方々、信者の方々にお礼申し上げます。素人は数えるほどしかいなかったので、すごく気を遣っていただいていたように感じました。ありがたかったです

 コーチングは弘前西教会で3年前から学ばれています。 

根が健康でなければ、木は育たない。本当に聖書に書いてあることは何なのだろうか。方法を学んでもだめだ、本質を学ぶのだ。キリスト教は愛のムーブメントだったのにローマ帝国皇帝の制度化によって旧約聖書の時代に戻ってしまった。現在キリスト教界が経験しているのは危機ではなく、移行期である。どこからどこに移行するのか。ペトロの手紙(一)の2章9節の「万人祭司」に原点回帰するのだ。

というものです。

 ご飯は16時にはすべてできていてガリラヤ会という教会の男性陣が岩木山に採りに行ってくださった山菜が、女性の方々の手を経てお味噌汁からわらびを柔らかくしてとろとろにした酢の物、ふきの“でんぶ”(津軽地方の郷土料理。素材を煮汁がなくなるまで煮含める調理を施し、特に野菜が主役の時に“○○のでんぶ”として呼ぶ。糸こんにゃくや細長く切ったさつま揚げなどを共に入れることが多い。)などになって食卓にのぼりました。さすがに16時に夕食では早すぎて17時まで待ちましたがふきも歯ごたえがさわさわしておいしかったです。わらびの入った炊き込みご飯もおいしかったです。果物もケーキも出てきました。ひとりの子どもさんの誕生日がありました。愛のある食事に皆さんと一緒に参加できて幸せでした。山菜を食卓にのぼらせるまでのてまひまは、経験した方ならわかるでしょう。それをもてなしのためにやってくださったのですよ。

 二日目は10時から15時までコーチングの実習をしていました。二人一組で昼食も相談して、近所に買いにでたり食べに行ったり、前日のご飯やお味噌汁、お新香など残っているのでそれを食べてもいいし、と言われました。おいしかったので前日のご飯を食べました。

 宿泊場所は牧師館の和室でした。同じ教会の木村幸(ゆき)子姉と泊りました。夜は疲れて温泉に行けませんでしたが、翌日は朝5時に起きて二人で温泉に行きました。

コーチングのことを香港のベンジャミン・ウォン宣教師が書いた『メンターとして仕える』という本があります。絶版になっていたのですが、この度6冊くらいみつかり私も1冊買うことができました。この前に秋田県でコーチング・セミナーがあったそうなのですが、その頃には発見されていなかったのでどなたも手に入れることができなかったそうです。ド素人の私が買ってもいいのかなぁと悩みましたが、買ってしまいました。コーチングに日々邁進されていらっしゃる方々、ごめんなさい。よく読むし、ほかの方にも貸します。

熱量がすごかったですぞ。イエス様の弟子たちはこの日本に確実に育っているなぁと思いました。(M.T.)

元号が変わる時に

 母の高血圧症の薬をもらいに4月2日、病院に付き添いました。

「薬もらいに病院に行くので上着をつけてちょうだい。」と言うと「やっているかどうか、病院に電話して確かめた方がいい。」と母は言いました。この前日の4月1日に新しい元号が『令和』になると発表されたばかりで5月1日の即位に伴う休日の話もニュース等で流れ高齢の母はすっかり10連休の中の一日と勘違いしてしまったのでした。4月30日まで平成の時代は続くのに3月31日に「平成最後の日だから」という人たちと同じです。高齢なので何日も前から「○月○日に高血圧症のお薬、貰いに行きましょうね。」と相談して決めてもこうなります。

 ただひとりの神を信じるキリスト教徒にとって天皇陛下の即位に何十億円もかけて行事が行われるのには違和感があります。そこに使うのでしたら、他のお金を必要としているところにも分配して欲しいです。

 さて、今私は受難節の日々を過ごしています。4月14日から受難週に入ります。今年の復活祭(イースター)は4月21日です。自分が洗礼を受けたのは2014年4月20日だったな、など日々思い出しているところです。

 今年の復活祭には受洗者が与えられました。誠に嬉しいことです。どうか新たに洗礼を授けられる方の人生に神さまのまなざしがいつもそそがれ、ご加護が与えられますように。  また、その傍らにおります私たちも神さまにいつも見守られ、同道していただけますように。大変拙い願いですが、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。  (M.T.)

「イエス」という名前

だいぶ前、学校の友達の家で友達のお姉さんとそのご主人に会いました。ちょうど、私はスヌーピーのぬいぐるみを抱いて「わーたーしー、すーぬーこー」と言いながら階段をおりてきたところで、ご主人とは初対面でした。お姉さんのご主人は私の名前が「すぬこ」だと思い込んだようで、2,3年勘違い状態のままだったようです。めったに会わないので、間違いに気づくまでに大分かかったのです。

さて、受洗準備の勉強会で、イエスさまのお名前について学びました。

「イエス」という名前は聖地ではありふれた名前で旧約では「ヨシュア」と呼ぶそうです。

イエスもヨシュアも「神は救う」という意味だそうです。そして「キリスト」というのは名前ではなく称号、職名だと学びました。旧約では「メシア」であり、「油注がれた者」という意味だそうです。油を注ぐといえば、イスラエルの最初の王サウルは主に遣わされたサムエルにより油を注がれて王となり、サウルが主の御声に従わなかったため退けられ、次の王としてダビデが(油を満たした角から)油を注がれました。油を注ぐとは職位への正式な任命のような意味があるようです。主イエス・キリストは「預言者」「祭司」「王」すべての意味で油を注がれた者です。(キリストの三職)主イエスは、神様の救いに関わるすべてのことを余すところなく伝えて下さったという意味で「預言者」であり、わたしたちの救いのために十字架上に自らを犠牲として捧げて下さり贖いとなってくださった、わたしたちのために執り成してくださったという意味で「祭司」であり、救いの恵みにとどまることができるようわたしたちを守って下さるという意味で「王」でもあってくださるのです。

「イエス・キリスト」と呼ぶことは、ひとつの短い信仰告白なのだそうです。

この恵みに感謝致しましょう。   (ペンネーム:すぬこ)こと(S.K)

新鮮な海の幸!!

三月のある日、次男が仕事から帰って直ぐに、「皆んな、来て、来て」と家族に集合を掛けたので、皆んなは台所に集まった。そして、彼の指差すシンクの中を見ると、そこには4匹の魚が跳ねて踊っていた。

「仕事帰りに、ちょっと小一時間ばかり、フェリー埠頭の近くで、ルアーを使って釣りして来たじゃ。今年初めての収穫で面白かった」と言って、皆んなに説明をした。

魚はどれも大きくはなかったが、ムラソイ(23 cm)、マゾイ(20 cm)、カサゴ(18 cm)、アイナメまたはアブラメ(21 cm)で色は、黒、白黒(灰)、少し赤っぽい色、茶と色々違っていた。

孫たちは、恐るおそる人差し指でつっついてみたりしていた。皆んなの目が喜びと好奇心で輝いていた。魚の目も生き生きとしていた。

すると、次男が「魚、食べたい人」と質問すると、孫たちが「ハイ!!」と応答した。高校時に調理師の免許を取得していた次男は、すぐ様、その魚を捌き、頭をつけたまま、アイナメは塩焼き、他は酒じょう油で煮付けてくれた。そのおいしかったこと!!

この“新鮮な海の幸”に笑顔一杯の我が家の食卓でした。

神に感謝!! (R. E.)

バリデーション療法と認知症(その1)

「バリデーション」という言葉を聞いたことがありますか?
「バリデーション」とは、認知症と診断された高齢者とのコミュニケーションを行うためのセラピーの一つです。
現在、高齢者の6人に1人は認知症を発症すると言われています。「バリデーション」によって、介護者は認知症の高齢者に対して共感的な聞き手になり、決して評価せず、その方にとっての真実を受け入れ、信頼関係が高まるにつれて、その方の心配事が減少し、自分もまだ価値のある存在だと思えるようになり、身体的・社会的機能が改善されることで、認知症の進行を予防していくことができます。
神様は、どんな時も共にいてくださいます。
「バリデーション」の原則やテクニックについては、次の機会に記載します。  (Y. K. )        

主イエスのたとえ話

今、普通の礼拝ではルカによる福音書を連続講解説教しています。12月16日では1章67節から80節でした。それと旧約聖書から関連した箇所を用いて説教なさいます、半澤先生が。新約聖書の他の箇所が引用される時もあります。いろいろ関連が理解できて、面白いです。

聖書では様々なたとえ話を主イエスがされますが、わからないなぁと思うのはルカによる福音書18章1節から8節の「やもめと裁判官」のたとえです。やもめが裁判官に自分の主張を聞いてもらうために毎日、訴えに行く。この裁判官は「神を畏れず人を人とも思わない」(ルカによる福音書18章2節)と表現されています。やもめを最初は相手にしなかった裁判官も次第にまたあのやもめが来るのではと不安に思うようになり、最後にはやもめの訴えを聞いたというたとえ話です。最初は違和感がありました。2018年前ころの話とはいえこれがいいとされるのであれば、世のストーカーがやっていることもいいこととなるのか、それはだめだろうと思いました。しかし聖書が書かれた当時の女性の地位の低さ、そして夫が先に死んでしまい頼りになる親も子供もいないやもめの立場の危うさを知りました。彼女にはただひたすらに裁判官に訴える他は道がなかったのです。そしてやもめはそのようにしました。1節には「気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために」弟子たちにたとえ話をされた、とあります。神さまはこの不遜な裁判官とは違い、慈愛のまなざしを人間にそそがれるお方です。すぐに私たちの願いは聞き届けられないかも知れませんが、必ず、こたえてくださるお方です。私たちの思い通りになるとは限らず、どうしてと思うようなこたえである場合もありますが、そこには神の御計画による意味があるので、受け止めるのです。この箇所は旧約聖書のダニエル書9章20節「こうしてなお訴え、祈り、わたし自身とわたしの民イスラエルの罪を告白し、わたしの神の聖なる山について、主なるわたしの神に嘆願し続けた。」とある箇所に呼応します。

話は変わります。

2016年の世界祈祷日だったかに青森教会で讃美歌57番“ガリラヤの風かおる丘で”の合唱を聞いて以来、魅入られて好きな讃美歌のひとつになりました。2018年には『子どもの讃美歌ものがたり~イエスさまいるってほんとかな』(大塚野百合・著)の中で“ガリラヤの風かおる丘で”も取り上げられると知って買ってみました。この讃美歌を作曲した蒔田尚昊(まいた しょうこう、1935年~)氏は「冬木透」名義で『ウルトラセブン』の主題歌を作曲した方です。私はセブンが好きで冬木透氏のことは知っていましたし、冒頭の「セブン、セブン」と男声コーラスが続く部分の3回目の「セブン」は無名時代の尾崎紀世彦氏が歌っていたというのも知っていました。尾崎氏は後の1971年に“また会う日まで”で大ヒットを飛ばし日本レコード大賞をもらいました。自分の好きな賛美歌が前から知っていた方の作曲だったなんて不思議な気持ちがしました。

寒さ厳しい折、皆様におかれましてはどうかお元気で。また新しい年にお会いしましょう。(M.T.)