青森松原教会ホームページ

青森松原教会は129年の歴史を持つ、キリスト教の教会です。

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猫舌、トラ

手仕事会などでお茶を入れた時、私はしばらく飲めません。猫舌だからです。熱々のポタージュスープなどが一番危険で、何度舌をヤケドしたことか・・・。ある日、「チコちゃん」で猫舌をやるときいて、期待して見ていたら、「猫舌は食べるのがヘタだから」でした。思わず「ヘタって言うな-!」と叫んでしまいました。解説によると、舌で熱に敏感な部分は舌の先だけで、舌の真ん中や舌の裏は熱さに鈍感とのことでした。以前ポタージュでヤケドした舌は舌の先だったのでなるほどと思いました。番組では、猫舌の被験者に舌の先を上顎につけて舌の裏側と下顎で熱い飲み物を受ける訓練をしていました。私もマネしてみましたがとてもやりづらく、その都度うがいのように上を向かないとできませんでした。ピアノのレッスンの時に先生のT子さんにその話をして、熱いものを飲むときに上顎に舌をつけているか聞いてみたら、そんなことはしていないとのことでした。彼女は下顎の前歯の裏に舌の先をつけて、舌の真ん中で飲み物を受けて飲むそうです。よくよく、思い出すと「チコちゃん」でも、歯の裏に舌をつける方法にも触れていたような・・・。やってみたら、そちらの方がずっとやり易かったので、以後そうしています。が、やはりヤケドが怖くて、少し冷ましてから飲んでいますが、冷まし時間が前よりは少なくなりました。猫舌でないみなさん、どうやって飲んでいますか?教えてください。

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猫関連?で、旧約聖書に「トラ」の話がありました。士師記10章1,2節「アビメレクの後、ドドの孫でプアの子であるイサカル人トラが、イスラエルを救うために立ち上がった。彼はエフライムの山地のシャミルに住み、23年間、士師としてイスラエルを裁いた。彼は死んで、シャミルに葬られた。」士師記2章17~19節「・・・彼らは、先祖が主の戒めに聞き従って歩んできた道を早々に離れ、同じように歩もうとはしなかった。主は彼らのために士師たちを立て、士師と共にいて、その士師の存命中敵の手から救ってくださったが、それは圧迫し迫害する者を前にしてうめく彼らを、主が哀れに思われたからである。その士師が死ぬと、彼らはまた先祖よりいっそう堕落して、他の神々に従い、これに仕え、ひれ伏し、その悪い行いとかたくなな歩みを何一つ断たなかった。」とありますが、士師記10章の「トラ」もそんな士師のひとりでした。(ペンネーム:すぬこ)こと(S.K)

コロナ禍の時、私たちは何をすべきか

今年は、コロナ禍で時間短縮とはなりますが、12/20クリスマス礼拝・12/24クリスマスイヴ礼拝が行われます。

この世に救い主イエス様がお生まれなさった喜びを感謝したいと思います。

コロナが早く収束するように祈っていますが、なぜ今このような感染症が流行しているのか?何か神様のお考えがあるのか?などいろいろと考えています。

今この時、私たちが何をすべきか良く考えて行動したいと思います。(Y・K)

忘れられない若い日の思い出

イエス様を信じクリスチャンになった日の事を思い出している。

あの日、私は中学生になってはじめての中間テストの日でした。

夜、特別伝道集会がある事はわかってましたが、勉強も大事だと思って机にかじりついていました。

6時からの集会を気にしながら今は中学生だからと思っていました。でも、時間になるにしたがって集会が気になってしょうがなくなり、ついに勉強なんてどうでもいい、行きたい気持ちが強くなりまして、母といっしょに行きました。その日のメッセージはイエス様の十字架はあなたのためなんですよとの事で、わたしのためであると信じ受け入れました。

私の今までの罪を告白し、泣きながらくいあらためました。

のちに洗礼を受けましたが、忘れられない若い日の思い出です。N. T.

祈れ、たえず祈れ

主よ、あなたのおんまえにて、ひとときをすごすとき、

なんという変化がわたしのうちに起こることでしょうか!

なんと重い苦しみがとりさられることでしょうか!

わたしの胸から、乾ききったわたしたちの心が、あなたの恵みの雨によって、なんと心よく潤されることでしょうか!

わたしたちがみまえにひざまずくとき、周囲はくらくおもわれるのですが、

ふたたび立ち上がるときには、はるか彼方までが、太陽の光に照り輝いて見えるのです。

うなだれてひざまずくわたしたちなのですが、なんと力にみちて立ち上がることでしょうか!

なぜ、わたしたちはしばしば弱り、心づかいに疲れはて、無情な思いをもち、またおもいわずらうという過ちをおかすのでしょうか。

わたしたちには、祈ることが許されており、あなたのみまえには、喜びと力と勇気がありますのに!

※この祈りは、英国教会の聖職者であり、新約学者、説教者、詩人であったトレンチ. R. C. の祈りですが、私の心を捕らえた祈りです。

心ゆくまで味わい、共に祈ってみでは如何でしょうか。(R. E.)

木造教会の佐々木達司さんが天に召されました。

私がそのことを知ったのは2020年7月28日付けの東奥日報の新聞記事を読んだ時でした。八戸市在住の版画家が豆本を出版した記事だったのですが、その中に盟友である文芸印刷の佐々木達司さんは7月7日に亡くなったと書かれていて佐々木さんの顔写真も載っていたからです。私個人はもとより家族もとてもお世話になった方でした。佐々木さんはキリスト教徒なので天の国に行かれた訳ですが、地上に残された身として非常に寂しい気持ちになりました。

死亡広告やお悔み欄を欠かさず見ていたつもりでしたが、佐々木達司さんのお名前はわかりませんでした。もしかしたら一切載せずにお花料などはいいから本を買ってね、といったお気持ちかなぁと勝手に思いました。8月4日には青森松原教会の女性の会の「小さな手仕事と茶話会」があったのですが、そこに参加されたおひとりに木造教会の方からお手紙がありその中に佐々木達司さんが天に召されたことも書かれていたそうです。長い間木造教会を支えて来た方なので喪失感も大きいだろうなと思いました。ご家族皆さまキリスト教徒で、敬虔な方々ばかりでした。

私は本来大学4年生になる年にふと疑問を感じこのまま大学を出ても何になるだろうと思い退学したいと思いました。親にそのことを言うと困った親は佐々木さんに相談しました。そこで佐々木さんは「退学でなく、休学してみたら」と助言を下さり、自分の会社である文芸印刷で1年間働かせて下さいました。結局復学して大学は卒業しました。原付バイクの運転免許を取ったり自由に生活させていただきました。

私にだけでなく同じように迷った人々に手をさしのべていらっしゃいました。篤志家とはこういう人をいうのでありましょうかと思いました。私の母は木造教会に通っていたのですが、その時車に同乗させていただいたりいろいろお世話になりました。

いずれ私も天の国に召され佐々木さんとまた会えると思います。その時まで、寂しいけれど、教えを胸に生きて行きます。本当に良い先達にめぐり会えて幸せでした。ありがとうございました。(M. T.)