青森松原教会ホームページ

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04月

『夕べ雲焼くる~主の恩寵の軌跡』を読んで

松丘保養園の神子澤悦子さんにいただいた森山諭先生が書いたこの本の感想を書きたいと思います。先生はクリスチャンの方で福島県生まれの人です。クリスチャン新聞に連載された自叙伝を単行本として出版されたのがこの本なので、お読みになった方も多くいらっしゃるかもしれません。1983年に初版がでています。

 

①少年の日の思い出

13日間もお母様を苦しめた挙句の出産でした。クリスチャンとして生きることを決めるまでに散々に思い悩み自殺まで考えたのですが、田舎の列車がなかなか来なくてそのために自殺しそこね、聖書につき起こされてイエス・キリストに目覚めて入信しました。

②1393年10月22日夜に感情的な問題から他宗教徒の人に松丘の北部保養園に放火されて療養所が全焼し、以来ホーリネス教会の伝道は禁止とされました。

③試練

自宅の雇人4人の中のひとりの癖が悪くて森山先生の両親の財布の金を盗むのをみつけるが、説教して直そうと5年間我慢して雇い続けます。それでも盗癖は直らず、犯人の父親から馬鹿者扱いされている中に、犯人は自分の罪を告白して自殺してしまいます。

④エピローグにかえて

「あなたたちは、夕方には『夕焼けだから晴れだ』と言い、朝には『朝焼けで雲が低いから、今日は嵐だ』と言う。このように空模様を見分けることは知っているのに、時代のしるしは見ることができないのか。」(ヨハネによる福音書16章2~3節)

 

森山先生ご自身が病気になった訳ではないのですが、キリスト教伝道の中でハンセン病とも深く関わって行ったようです。聖書の御言葉にささえられて人生をすごされた方でした。

(K・N)

「パッション」を見ました。

遅ればせながらメル・ギブソン監督の映画『パッション』をDVDで見ました。2004年封切りの、イエス・キリストの最後の12時間を描いた作品です。セリフは1世紀のパレスチナで実際に使われていた、アラム語、ラテン語、ヘブライ語です。その他も忠実に当時の世界を再現しています。とても怖い映画だと思っていたので、こんなに遅くなりました。

2017年の4月7日に見たのですが、映画を見終わった後に昼のニュースでアメリカがシリアに対してミサイルを撃っていたことを知ったので、世も末だと思いました。

昨年度一年間、東京に行っていた教会員の方に「一年間貸してもいいから」と言われたので昨年の3月に借りたのですが、なかなか見る気にならないでいるうちに彼女は今年の3月に帰っていらっしゃいました。そこでいいかげん返さなければと思い、見てみました。

全部見ることは辛くてできませんでしたが、思っていたよりも骨のある、しっかりした映画でした。見ないで返さなくてよかったと思いました。

とても印象に残る受難節の中の1日を過ごすことができ、神様に感謝しました。

(M.T.)

主イエス・キリストのご受難

イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活するkとになっている、と弟子たちに打ち明けはじめられた。するとペトロはイエスをわきへお連れしていさめ始めた。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」イエスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ、あなたはわたしの邪魔をする者、神のことを思わず、人間のことを思っている。」

それから弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負ってわたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。

以上は、新約聖書マタイによる福音書16章21以下のみ言葉です。主イエスの一番弟子ともされるペトロでさえも、イエスのことを信じていなかった。その心にサタンが入り込んで来たのです。イエス・キリストが十字架にかけられ、死ぬのは、すべての人の罪を赦すためです。人が自分の罪を悔い改めるとき、十字架で死なれたイエスによって人は神から、そのt海を赦されるのです。イエスのご受難は神の愛ゆえです。

私たちは誰もが日々罪を犯しています。主イエスが私たちの身代わりとなって十字架を負い、血を流し、苦しみを受けてくださったのです。

あなたも、あなたの十字架を主イエスが背負ってくださることを知ってキリストの福音を信じてください。

今は、主イエスの御苦しみを覚えるレント(受難節)の期間です。ご復活を記念する「イースター礼拝」は4月16日(日)です。是非、教会へおいでください。お待ちしております。

(R.E.)

ラベンダーの会の学び

毎月第三日曜日の礼拝後、「ラベンダーの会」というグループの集会を行っています。

「ラベンダーの会」は、昔、活動していた青年会の後を引き継ぐ会として始まったグループです。今月は都合により、第四日曜日に集会を行いました。

毎月、1時間程度、キリスト教にちなんだ勉強をしています。

今月から新しく、『置かれた場所で咲きなさい』(渡辺和子著)をテキストにして、学び始めました。毎月少しずつ、みんなで一緒に読んで、メッセージを心に刻んでいきたいと思っています。

今月は三項目を読みました。

「咲くということは、仕方がないと諦めるのではなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることなのです。」

「咲けない日もあります。そんな時には無理をして咲かなくてもいい。根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。」

今日みんなで分かち合ったことは、必ず、神さまが見守ってくださると信じて、安心して、それぞれの置かれた場所で、自分に与えられた務めを果たして行きたいということでした。

(S.Y.)