青森松原教会ホームページ

青森松原教会は134年の歴史を持つ、キリスト教の教会です。

TEL:017-776-4800

 FAX:017-723-6809

〒030-0813 青森市松原1-16-27

メッセージ
教会からのメッセージです。 ※ブログ等へのコメントについて※ 最近、教会ホームページのコメント欄に、多くのスパムメール(ショップの案内等)が届くようになりました。最初はあっても一週間に1-2件だったのですが、ここ3日で500件近いスパムメールが届くようになり、対応に追われています。サーバー会社に問い合わせても、個々に対処するしかないとの回答でした。 せっかくのコメント欄を閉鎖したくはありませんので、今後コメントいただく際は「記事へのコメント」と、冒頭に記していただきますよう、よろしくお願いいたします。それ以外のコメントは一括削除されるよう設定させていただきます。

ブログ一覧

小説と私

TVを見ていて特に気の引かれたドラマの「漱石悶々」の宣伝です。私は小説が好きなので、これを見ることにしました。20代の頃の私は「明治大正文学全集」に読みふけった時代がありました。中でも「わが輩は猫である」「坊ちゃん」「草枕」等々。私は漱石の全作品を読みまくったようです。他にも引かれた作家は何人か居ましたが、漱石はダントツでした。自分の書く文章も漱石寄りが自覚されました。家人の一員から「母さんの文章の中身に文句はつけないが、文章のワンセンテンスは短くした方がいいよ。」と注意されて、私の漱石好みが良くない流れを作っているんだなとの反省を持ったこともありました。

あれから70年余。生活環境の変化はいつのまにか大きく小説への思い入れも変えたようです。TVのドラマを見ても「かつての紳士意識のうすれた文豪にされてしまったな」くらいの視聴後の感想として残る程度になりました。

生活環境の変遷が物事に対する価値観を変えるのは当然の成り行きと思いながらも、私の場合単なる生活環境の中に宗教の有無が関わっている事を強く感じています。13歳の時に不当な妹の死によって、神と出会って以降の生活が、時には濃く、時には淡く私の感覚を揺さぶるのです。このような日々を通して私は、後期高齢者の身となってしまいました。いつ襲われるかわからない体調不良の日を神様の御心のままに任せて、時々訪れる神の御恵みに幸福感を味わいつつ、今日も次に読むべき小説を探し続けております。

(K.N.)

クリスマスを待ち望む

イエスさまのご降誕を待つ季節を過ごしています。

慌ただしく過ごす中、クリスマスの諸行事が早く終わるといいなと思ってしまいます。

求められていることが出来ない自分を情けなく思い、教会に行くことが苦しくなることがあります。

 

イエスさまのご降誕の物語、母となるマリアは、天のみ使いの言葉に答えます。

「お言葉どおり、この身に成りますように」

主のお言葉の通りにこの身を用いてくださいという従順さ、献身の思いだけを告白しています。自分の思いや願いではなく、主のみ言葉を待ち、主のみ心が行われることだけを祈っています。

 

マリアの献身の思いに触れて、重かった私の心は少し軽くなり、私もそういう献身の思いで教会生活を送っていきたいと思いました。

クリスマスまでの日々を祈りながら待ち、お祝いしたいと思います。

(S)

「クリスマスツリー点火式」に寄せて

11月27日(日)午後5時からの「クリスマスツリー点火式」へ、息子に送ってもらい、孫2人とともに参加しました。讃美歌を共に歌い、牧師のお話しに耳を傾け、「クリスマスツリー点火」となり、イルミネーションの美しさに心洗われる思いをし、いよいよクリスマスを待ち望む気持ちが高まりました。

参加者も多く(60名以上)、点火式後、礼拝堂において多くの方々と談笑し楽しかったです。子どもたちも初顔合わせながら楽しそうに遊んでいました。

12月に入ると教会では

・10日(土)13:00~子どもの教会クリスマス祝会

・同日16:00~ゴスペルの夕べクリスマス(子どもの教会クリスマス共に、ゴスペルフォークシンガーの神山みさ氏による特別コンサートあり)

・24日(土)18:30~イヴ聖夜礼拝(工藤正志氏によりギター演奏、ハレルヤコーラスあり)

・27日(火)11:00~子どもの教会もちつき

などが予定されています。どうぞご近所、お知り合いの方などお誘い合わせの上、ご来会ください。

この日の全ての恵みを心から神様に感謝しつつ。

(R.E.)

弱小な私は教会の伝道士です

身も心も小さく弱い私を生み出して90年以上も育てられた日本海と西津軽郡の土地から離れて青森市民となってから5年の歳月が経ちました。

ここが私の故郷なのだと思いこんだ西津軽郡の鰺ヶ沢町や木造町、その他の生活した土地とは全然違う、大都会にしか見えない青森市という街の中で全くの田舎者として身を処すしか生きる術はありません。

おまけに私はキリスト教会の神様から絶対離れる事はできないのです。全然未知の土地の中から青森松原教会という素晴らしい教会が与えられたのは最大の幸運でした。

しかし前の木造教会で最年長者として扱われた私は、この立派な教会で役に立てそうなことはなかなか見つけることができないのです。

いろいろ考えて自分の一番すべきことは転びそうになることを治すことだと思いついて、デイケアに週2回通うことを決めました。すぐに歩くのがしっかりすることはありませんが気長にがんばっています。

そのような中、青森松原教会の中で伝道部に入ることになりました。私はデイケアの中で「こころの友」をあげる人を選ぶことと、継続して読んでもらおうと思いました。「こころの友」とはキリスト教の新聞の広報紙のようなものです。

普段よく話をするようになった人たちに、「こころの友」を渡した瞬間に真剣に読んでくださっている姿を見て「しめた!」と胸が躍りました。「人間は他人に話せない悩みを抱えている」との想いでした。

秋になり、当教会のフェスタ(バザー)のチラシをあげたら、Fさんは娘さんとお孫さんを連れて来てくださいました。その他、用事で来られなかった方もいらっしゃいましたがチラシをあげた人たちが無視なさらず、反応を見せてくださったことがうれしく、神様に感謝しました。

神様は弱小の私の祈りにもいつも何らかの形で応えてくださいます。私は神様を信じることに大いなる祝福をいただいています。

(K.N.)

「冥福」の「冥」は

青森松原教会では、毎週水曜日の午前10時30分から1時間ほど、祈祷会をしています。時に変更されることもあるので、くわしくはホームページで確認していただきたいと思います。

7月に起きた、障害者施設が襲撃され19名が亡くなられてしまった事件の後の祈祷会で、自分が祈る時、そのことに触れ、最後に「御冥福をお祈りしたいと思います」と言いました。

すると、その祈祷会の帰りに玄関先で牧師に小さい声で呼び止められました。何だろうと思い話を聞くと、「細かなことかもしれませんが、『冥福』の『冥』は『冥土』の『冥』で、『冥土における幸福を祈る』という意味の仏教の用語です。一般的にキリスト教のお祈りでは使いません。代わりの言葉としては『主の慰めと平安を祈ります』などが一般的です。」と教えていただきました。「日本語って難しいですね」と答えました。

祈祷会ではリタニー(連祷、交祷)があります。出席者全員が自分の言葉で祈りをささげます。人前でお祈りを口にするので恥ずかしいですが、慣れれば何でもありません。むしろ注意深く聞いてもらえ、助言してもらえるので、勉強になります。

今祈祷会では創世記を学んでいます。その前は詩編でした。私は詩編をきちんと学んでみたかったので、最初に祈祷会へ行きました。2013年頃のことです。

これからも先達のみなさんと聖霊の導きにより御言葉に触れていきたいと思います。

(M)