讃美歌21 440番「備えて祈れ」
説教題「私もあなたを罪に定めない」 説教者 池田 慎平 牧師
聖書 出エジプト記20章14節 ヨハネによる福音書8章1-11節
(説教が長いため、録音は説教部分も2段に分かれています。)
讃美歌21 444番「気づかせてください」
TEL:017-776-4800
FAX:017-723-6809〒030-0813 青森市松原1-16-27
讃美歌21 440番「備えて祈れ」
説教題「私もあなたを罪に定めない」 説教者 池田 慎平 牧師
聖書 出エジプト記20章14節 ヨハネによる福音書8章1-11節
(説教が長いため、録音は説教部分も2段に分かれています。)
讃美歌21 444番「気づかせてください」
讃美歌21 300番「十字架のもとに」
説教題「人を生かすために」 説教者 池田 慎平 牧師
聖書 申命記5章17節 マタイによる福音書18章10-14節
讃美歌21 441番「信仰もて」
青森松原教会では今年4月から8年ぶりに、子どもの教会を再開しました。
再開のきっかけは、昨年から教会に通ってくださるようになった女性の、小学生の息子さんが一緒に教会に来るようになったからです。今年小学二年生になった彼に、神さまのことを伝えたい、子どもの教会の礼拝を一緒にお捧げしたいとの思いからでした。また、昨年一度だけ、教会学校はやっているかとの問い合わせがあったことも、再開を考えるきっかけとなりました。一人でも多くの子どもたちに神さまのことを知ってもらい、共に礼拝をお捧げする喜びを分かち合いたいとの思いからでした。
8年ぶりの子どもの教会再開にあたっては、携わる教会員の中で初めての人が半数であるため、少しずつやっていこうということになり、月に一回の礼拝から始めることになりました。夏にはサマーキャンプの代わりに、「夏の遠足」として、半日お出掛けをするプログラムを計画しています。子どもの教会に繋がる子ども達や大人達が共に集まり、神さまの恵みにあふれた一日を過ごそうという趣旨です。
子どもの教会は、そこに関わるすべての人が、共に学び、共に成長する場です。子どもは大人から学び、また子ども同士で学び合い、大人も子どもから学びます。それは世代を超えた相互成長の場となります。
また、子どもの教会は、教会の信徒リーダーシップを育成します。そのリーダーには、神さま、そして幅広い年代の人に対するへりくだりが求められます。決して上から目線で「教えてあげる」のではなく、聖霊の働きを求め、責任をもって聖書の言葉を取り扱いつつ、年齢に関係なく、すべての子ども達が主体的に関わることができる学びの雰囲気を作るのが「先生」の役割です。リーダーに欠かせない資質を磨くことができるのです。
子どもの教会は、子どもだけが対象ではなく、全ての年齢の人が対象です。幼い子どもから高齢の人まで、「生徒」として自覚して学ぶことができることは素晴らしいことです。
(S・Y)
讃美歌21 127番「み恵みあふれる」
説教題「神との約束」 説教者 廣瀬 祥史 伝道師
聖書 出エジプト記24章1-8節
讃美歌21 363番「み神の力は」
2026年6月21日(日)の朝、ニュースでサーロー節子さんがオーストリアの大学で核廃絶の講演をしたことを知りました。広島で被爆した時、誰か分からない軍人に「あの光に向かってはって行けば外に出られる、諦めるな。」と壊れた建物からわずかに見える外の光を指し示されて脱出し、後にアメリカに留学しました。アメリカ人と結婚し核廃絶を訴え、2017年に国際組織ICAN(アイキャン)がノーベル平和賞を授与された時には受賞のスピーチを行いました。94歳の現在はカナダにお住まいです。
お元気で活躍されている姿を見て励まされました。
そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
(ローマの信徒への手紙5章第3節~4節)
イエスは、いつでも祈るべきで、失望してはいけないことを教えるために、弟子にたとえ話をされた。
(ルカによる福音書18章1節)
わたしも折に触れて祈り、み言葉に支えられたいと思いました。 (M.T)
讃美歌21 200番「小さいひつじが」
説教題「一人ではない道のり」 説教者 池田 慎平 牧師
聖書 詩編23編1-6節 マルコによる福音書6章30-34節
讃美歌21 460番「やさしき道しるべの」
子どもの日・花の日合同礼拝
説教の冒頭が少し途切れて始まっています。
説教題「こどもをまねく神はどなた」 説教者 池田 慎平 牧師
聖書 マルコによる福音書10章13~16節
こどもさんびか118番(讃美歌21 544番)「イエスさまが教会を」
讃美歌21 296番「いのちの いのちよ」
説教題「殺すな-命は誰のものか」 説教者 池田 慎平 牧師
聖書 出エジプト記20章13節 マタイによる福音書10章26-31節
讃美歌21 513番「主は命を」
花の季節となりました。バス停から自宅へと歩く道すがら、さまざまな花が出迎えてくれます。名前もわからないさまざまな花を眺めながら、歩いていくのが楽しい季節となりました。
一ケ月以上前に、教会の前の花壇の土起こしの手伝いをしたことがあります。少し掘ると細い木の根のようなものが張り巡らされていて土も固く、小さなシャベルでははかどらないので長い柄の鍬のようなもので掘り起こしました。今はそのあとにマツバギクが植えられていて、たくさん花が咲くのを待っています。その土起こし作業をしていた時、自宅の庭を思いました。花壇の中の土も細い木の根のようなものが張り巡らされていてスコップも刺さらないほど土が固いのです。掘り起こしをした方がいいのか悩みますが、それでも咲く花があるので、その花すら咲かなくなってはと恐れ、掘り起こしはしないまま10年以上が過ぎています。しかし、今年は去年まで咲いていたフクジュソウが咲きませんでした。スマホを持っているSさんが調べてくれたところ、陽当たりが悪い、土の状態が悪いなど、原因を調べてくれました。特に土の状態が悪いのは、まさにそれ!という感じです。それでも、パラパラと鈴蘭が咲き、今はニッコウキスゲが一株咲いています。
そういうわけで、道すがら、よそのお宅の庭の花をあこがれつつ楽しみながら歩いている毎日です。 (すぬこことS.K.)
讃美歌21 351番「聖なる聖なる」
説教題「長く恵みに生きるために」 説教者 池田 慎平 牧師
聖書 出エジプト記20章12節 エフェソの信徒への手紙6章1-4節
讃美歌21 504番「主よ み手もて」