青森松原教会ホームページ

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2023年1月29日 説教録音

説教題「私の血による新しい契約」 説教者 コルドウェル・ジョン 教師
聖書 出エジプト記12章12-14節 ルカ福音書22章14-16節
讃美歌21 280番

ある大きな国の一つの出来事

 新しい年も、もうすぐ2月。
この地球上に今起こっていることは、暗澹たる思いをすることが多いですが、昨年12月に、友だちから貰った手紙もそうでした。
 その友だちは、中国のチベット族が多い地域に拠点を置いて暮らしていました。一時帰国した時に、コロナで足止めをされたが、また中国に帰ったと聞いていました。ところがその手紙には、「2年ぶりに現地に戻ったが、1ヶ月程で日本に帰ってきた。現地入りしてから現地で取り調べがあり、学生支援と福音を伝えたという理由で国外退去となり、10日間ですべての荷物を整理し日本に帰った」と。
 中国は世界で4番目に大きな国土を持っていますが、国中に監視カメラを設置し、人々の動向をキャッチしていることは知られているところです。

 別の友だちは、夫婦で世界飢餓対策機構の職員として中国に行き、20年ほど暮らしたけれど、ビザが発行されなくなり、結果的に今は日本に居住しています。その友だちが中国にいた時、メールを交換していましたが、友だちからは、“メールに神さま、イエスさま、教会という文言は禁句。メールはすべてチェックされていると思って”と、対面で会った時に言われていました。12月に手紙をくれた友だちは、この友だち夫婦の働きに憧れて中国に渡ったのです。  イエスさまの愛を標高3000㍍に暮らす、貧しいチベット山岳民族の教育や暮らしを目に見える形で支援し、福音を生きることで示し、ことばで伝えていたご夫婦に憧れて。
でも中国政府にとっては、国外退去に値することでしかないのです。


 神さまは、国外退去した友だち、20年中国でチベット族と共にあった友だち夫婦のお働きを捉えておられるでしょう。
『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人に        したのは、わたしにしてくれたことなのである。』(マタイ25章40節) (S.K.)

わが家のハプニング

アドベントに入った日曜日の朝のこと、「少し熱っぽいかも」と小学生の孫が言ったので検温したところ、38.8度あった。他の3人も測ったが平熱だった。日曜日の為、急病センターに行った結果は新型コロナ感染であった。その孫を2階の一部屋に隔離し、トイレも2階を使用させるなどの感染対策をとった。しかし、感染力が強く、2日後には長男と私、その次の日には中学生の孫が高熱を出した。5人家族の内、4人が感染し、1人が濃厚接触者になってしまった。日曜の午後、すぐに保健所に連絡をとり、自宅療養することになった。無料の検査キットを入手し、3人の結果は陽性、1人は陰性だった。近くの医院と電話連絡をとり、薬を配送してもらった。(配送料1回500円)毎日の食事は冷蔵庫の食品が頼みの綱。5人分なので減り方も早く、濃厚接触者の夫が4日後頃から、近くの店に必要なものを買いに走った。
大変な状況だったが、高熱が出た(39~41度)孫2人の熱は早めに下がり、4回目の予防接種をしていた私は38.4度位で軽かった。10日が経ち、最初かかった孫が解除になり、他の3人も次々と解除になり、体調は万全ではなかったが、次第に快方に向かった。

以上のように、我が家を慌てさせたコロナ感染症は、今もって収束せず、しかもインフルエンザも流行しそうな現状にあります。
とにかく、不要不急の外出を避け、マスク・うがい・手洗いなどに一人一人注意し、生活することが、大切であると痛感しました。
 家族みんなの健康が元に戻ったことを感謝し、父なる神さまに心からの祈りを捧げました。ありがとうございました。    (R.E.)

新年を迎えて

 昨年は、コロナウイスル感染症、ウクライナ戦争など、様々な困難な出来事の中、過ごしてきました。コロナウイスル感染症は、規制が少しずつ緩和されてはきましたが、緊張しながら、たくさんの制約のある中での生活でした。また、心の痛むニュースにたくさん触れる一年でした。新しい年もこの困難はまだしばらく続くでしょう。

 それでも希望をもって、新しい年を迎えたいと願います。「主の慈しみは決して絶えない、主の憐れみは決して尽きない。それは朝ごとにあらたになる。」(哀歌3・22~23)哀歌の作者の言葉が心に響きます。  

 決して絶えない主の慈しみと、決して絶えない主の憐れみを信じて、朝ごとに新たになると信じ、一日また一日と、生かされていることに感謝して、日曜ごとに礼拝に招かれていることに感謝して、これからの一年を送っていきたいと願っています。(S. Y.)