青森松原教会ホームページ

青森松原教会は134年の歴史を持つ、キリスト教の教会です。

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ブログ

2026年1月25日 説教録音

讃美歌21 443番 冠も天の座も 
説教題「生活の座から」 説教者 池田 慎平 牧師 
聖書 申命記5章1-22節 マタイによる福音書22章34-40節 
讃美歌21 18番 心を高くあげよ 

冬に思うこと

数日前、小雪の降る穏やかな朝、歩いてスーパーに買い物に出かけました。遊歩道の木々の高い枝に、小鳥が数羽パタパタと飛び交いながら、ピーピー賑やかに鳴いていました。ヒヨドリでしょうか?厳しい寒さの中、羽ばたきながら仲間とおしゃべりしている鳥たちを、たくましいなと思い少し眺めていました。冬の間、寝床はどんなところなのかな?餌がなくて大変だろうなと思い巡らします。

冬になると、ヒヨドリが我が家の庭のサンシュユの実を食べに来ます。気配を感じるとすぐ飛んでいってしまうので、窓から少し離れて、そっと静かに木の実を食べている様子を観察します。観察しながら無事にこの冬を乗り越えてねと念じます。

以前、大型犬を飼っていました。雪が好きで冬の日の散歩を愛犬はとても喜びました。雪に顔を突っ込んで匂いを満喫したり、ゴロゴロ寝転がったり、泳ぐように両足をバタバタさせたりして遊んでいました。心から楽しんでいる様子に、飼い主の私は、寒い冬の日の散歩も豊かな時間となりました。雪道を歩くと時々思い出します。

10年間愛犬と散歩をしたことで、身近な自然に目を向けることが多くなり、四季の移り変わりに、より気付くようになった気がします。

これからまだ厳しい寒さが続き雪に閉ざされて過ごします。しかし、すでに春の準備が始まっていることに気付かされます。昨年11月、冬が来る前に、庭木の雪囲い作業をしました。植木に新芽が付いているのです。今は厳しい冬を過ごしていても、春を控えてすでに備えられていることに、希望をもって過ごしていきたいという思いが与えられます。

小さな鳥も動物も、木々も草花も、そして私たち人間も、みんな大切な命を与えられて生きています。慈しみと感謝を忘れないようにしたいと願っています。 (S・H)

2026年1月18日 説教録音

讃美歌21 458番 信仰こそ旅路を 
説教題「自由への指針」 説教者 池田 慎平 牧師 
聖書 出エジプト記20章1-17節 ガラテヤの信徒への手紙5章1,13-14節 
讃美歌21 471番 勝利をのぞみ 

2026年1月11日 説教録音

讃美歌21 67番 貴きイエスよ 
説教題「主イエスの背を見つめて」  説教者 池田 慎平 牧師 
聖書 イザヤ書53章1-10節 マタイによる福音書3章13-17節 
讃美歌21 303番 丘の上の主の十字架 

何が原因で

『何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか。あなたがたは、欲しても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、願い求めないからで、願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみに使おうと、間違った動機で願い求めるからです。』(ヤコブの手紙4章1~3節)

 新しい年になりました。日本では昭和101年、戦後81年に入りました。
新年にあたり、上記の聖書の箇所を選んだのは、終わることのない2つの戦争が今も続いていること。
 また世界も日本も落ち着かない世の中で、日本では防衛が声高に主張され、昨年10月からの新政権では、これまでより更に莫大な国家予算を防衛にあて、日本で製造した武器輸出を拡大しようとしている懸念からです。
 国を守るのは防衛、特に兵器という政府の言葉に納得し、賛同している国民も多いようですが、絵空事と思っている私です。

 今年は戦後81年ですが、私の姉は来月、誕生から91年。弘前の市街地の小学校で戦中を過ごしました。
 10歳の小学生が、岩木山麓の村に開墾のため、10㌔を超える道を何度も歩かされた。伐採した木の根元を荒縄で縛り、小学生達に綱引きのように引っ張らせて根を抜いたそうです。畑を作り、野菜を得るための国策。飛行機の燃料にするために松ヤニも集めさせたと言う。また焼夷弾が落ちてきたら、ササラ(竹を細く切って束ねた台所用具。タワシのように使う)で払えと教えられたと言う。この他にも戦争心得として教えられたことは、10歳の子どもに“変なことさせられている”と思わせ、大人になってからは、あきれるほどのバカバカしさを真面目に吹き込まされていたと言う。開墾は畑になる前に終戦になってよかったとも。
 防衛、特に兵器で国を守るというのは、当時と近い発想かも知れないと私は思っています。兵士を含め300万人以上も殺された日本国民、無残な焦土と化した国土、日本が侵略した国々への反省がほんとにあったら、戦争しない国を今こそ掲げ、憲法第9条に添う政策をし、他の国にも働きかけて欲しいというのが、新年を迎えての私の願いであり、祈りです。

 『戦争は人間の仕業です。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です』
ローマ教皇 ヨハネ・パウロ2世は、このことばを広島で、平和を築くのは人間の責任と強く呼びかけられました。(S・K)

2026年1月4日 説教録音 

讃美歌21 156番 目を上げ、わたしは見る 
説教題「見よ、私は万物を新しくする」  説教者 池田 慎平 牧師 
聖書 マタイによる福音書28章18-20節 ヨハネの黙示録21章1-8節 
讃美歌21 368番 新しい年を迎えて 

2025年の歳末に思うこと

 積雪の少ないクリスマス礼拝やイヴ聖夜礼拝を過ごしてきたが12月27日あたりからは青森の普通の12月のような雪に囲まれた白い冬になった。
 教会ではクリスマスの集会なども終わり、ほっと一息いたところであろうか。少し休んで新年に向けて歩みたい。個人的には2025年の夏の終わりに新型コロナにかかった。熱が上がっていなかったので医師から「新型コロナにかかっています。」と言われて検査キッドを見せられても実感がわかなかった。今、熱が上がらない新型コロナは多くなっているそうなので、自分がかかったことをわからずそのまま生活している人も多いからなかなか終焉しないのではないかと言われた。その後も風邪をひき、もう一度検査をした。その時は陰性でほっとした。
 11月頃になってやっと気力が充実してきた。ここ2年くらい風邪をひかずに生活してきたので今年病気になって残念だった。また来年から風邪をひかない記録をのばしていこうと思う。

  新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。
  主に向かって歌い、御名をたたえよ。
  日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。
                 (詩編96編第1節~2節)
個人的なことばかりで申し訳ない。来年こそ広く目を外に向けて生きて行きたい。                     (M.T)

2025年12月28日 説教録音

讃美歌第二編 152番 古いものはみな 
説教題「さあご一緒に、アーメン!」  説教者 池田 慎平 牧師 
聖書 ネヘミヤ記8章6節 コリントの信徒への手紙二 1章20節 
讃美歌第二編 191番 主のまことはくしきかな 

2025年12月21日 クリスマス礼拝説教録音

讃美歌21  259番 いそぎ来たれ、主にある民 
説教題「わたしの王はここにいる」  説教者 池田 慎平 牧師
聖書 イザヤ書11章1-10節 マタイによる福音書2章1-15節 
讃美歌21 262番 聞け、天使の歌 

「球根の中には」の歌詞

2025年11月の教会婦人会連合北西地区の集いは黒石教会で午後には賛美集会でした。そこでは去年に引き続きギタリストの池田宏里さん(弘前西教会で受洗)をゲストとしてお招きし演奏して頂きました。そのため、9月に黒石教会で、ギタリストの池田宏里さんと伊丹牧師と私とで予定のプログラムを見ながら事前打ち合わせした時のことです。

歌う讃美歌の中に、讃美歌21の575番「球根の中には」があることを見た池田さんが「この曲好きなんだよね」と歌いながら話し始めました。
「球根の中には花が」「秘められー」「さなぎのなかから」「いのちはばたくー」「寒い冬のなーかー」「春はめざめるー」と、秘められ、命はばたく、春はめざめるを強調して歌いながら、最後にその日その時をただ神が知ーるーを一層強調して歌って「ただ神が知る だよ、いいねえ」と言ったのです。さらに
「沈黙はやがーてー」「歌に変えられー」「深い闇のなーかー」「夜明け―近づく―」「過ぎ去ったときが」「未来―をひらくー」「その日その時をただ神が知ーるー」と歌に変えられー、夜明け―近づく―、未来―をひらくー、その日その時をただ神が知ーるーと強調して2節も歌い、

「命の終わりは命のはじめ」「おそれは信仰に」「死は復活にー」「ついにー変えられる」「永遠の朝」「その日その時をただ神が知ーるー」と最後の3節目は一つ一つの言葉を強調しながら歌って「本当にいい歌詞だよねえ」と思いを込めて言うのでした。

それを聞いた時、私は感動して涙ぐんでしまいました。今まで何度もこの歌を歌っていましたが、合唱曲風の讃美歌だなと思うだけで、歌詞のひとつひとつを深く味わってこなかったのですが、こうして一つ一つの歌詞を味わうと本当に深い信仰を感じて感動したのです。

11月本番は池田宏里さんがギターで讃美歌伴奏してくださり、独奏の時は魂を込めたギター演奏を聴くことができ、大満足で感謝でした。そして、「球根の中には」の歌詞のなかに込められた深い信仰を教えてくださったことも感謝でした。  (すぬこことS.K.)