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私たちクリスチャンは、日曜日の礼拝の中で、讃美歌により神さまを讃美し、牧師の説教により聖書の箇所からの神さまの語りかけと励ましをいただき、一週間のあゆみを始めています。
先週8月31日(日)説教者は、青森松原教会長老S.K.姉で、説教題は「平和への道」(ローマの信徒への手紙12章17-18節)でした。戦争は絶対に起こしてはいけない、しかし、他者へ悪に悪を返してしまう私たちの心は、戦争と何ほどの違いがあるのか、との戒めを聴き、その週をあゆみました。
今週9月7日(日)説教者は、東奥義塾高校Y.A.牧師で、説教題は「主は希望の源」(ローマの信徒への手紙15章7-13節)でした。神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい、と聖書の言葉から、まず、私自身が相手を受け入れるように変わって行かなければならないと聴き、今週の歩を始めています。
私たち自身が今、どのような毎日を過ごしているか、私たちが気づいていない弱さにこそ、聖書の語りかけが響き、それを明らかにし和らげられているのかもしれません。一人ひとり、それぞれの今の姿によって、聖書の語りかけの響きは変わると思います。みなさんも「礼拝から始まる一週間」を、あゆんでみませんか。
(H)
7日目はまずホープカレッジを訪問しました。高校生の時に北海道でマギー宣教師によって導かれ、牧師になったアンディーこと中嶋史人牧師がご案内くださいました。あいにくの雨だったため、校内見学の代わりに、室内でパワーポイントによってホープカレッジの歴史や日本とのかかわりについて伺いました。雨で良かったかもと思えるような示唆に富んだ内容でした。
ホープカレッジのあるミシガン州のホランドという街は、①アメリカで退職して住みたい街・第1位、②アメリカで幸福度の高い街・第2位、③アメリカの三大好景観の一つミシガン湖のある街としても有名で、ここ数年で移住してくる方や観光客が大幅に増えた街だそうです。とても住みやすそうな良い街です。そして同時に市民3万人に対し、なんと市内の教会数は100を超えるという!私の住む青森市に換算すれば、1,000以上は教会がある計算となります(笑)。他教派含め3-40の教会が市内にあると話すだけで「多いね!そんなにあるの?」と言われる日本の現状との、あまりのギャップに驚きます。
ホープカレッジは世界でも有数の大学の一つ。「カレッジ」と言うと日本人にはユニバーシティと違って「単科大学」と勘違いする方も多いのですが、正確には「大学院を持たない大学」を指す言葉だそうです。大学院を持つと「研究」ばかりとなってしまい、「教育」が軽んじられてしまうからと、教育を大切にするアメリカの教授はカレッジを選ぶことが多いそうです。そのため優秀な教授陣が揃い、しかも授業をアシスタントなどに任せず、直接教授が講壇に立つことが多いと伺いました。素晴らしい。「人生を変える20の大学」の一つに選ばれるのも、納得ですね。でも、見学してさらに納得が深まりました。施設も、教授陣も、スタッフも、伺う授業内容も、サポート体制も、抜群です。こんな所で学べたら、どんなに素晴らしいかと思いました。
最初期のホープカレッジで学んだ木村熊二や大儀見元一郎の話は、ここに書くと長くなりすぎてしまいますので、また別の機会に記したいと思います。
お昼はホープカレッジの昼食。学生たちは学費に学食代も含まれていて、フリーパス。ビュッフェ形式の多種多様な豪華な昼食。何度でもお変わり自由。なんて私好みなのでしょうか!ボリューミーかつとてもおいしかったです!お昼を食べている間に晴れ間が…。中止する予定だった校内見学に出かけました。全校生徒が集まるチャペルもとても素晴らしかったです。
続いて木村熊二と大儀見元一郎の二人が洗礼を受けたホープ教会の見学へ。こちらの教会では「子どもと礼拝」(フィギュア〔人形〕を用いた子ども向けプログラム。聴覚だけでなく、視覚や触覚に直接訴える内容)を積極的に取り入れており、専用の部屋を何部屋も持ち、専用のスタッフがいるほどです。上尾合同教会時代にワークショップ等に触れたこともありましたが、その神髄を見たように思いました。日本の教会にそのまま取り入れられるかどうか別として、とても勉強になりました。
この日の最後の訪問先はヤング・ライフ。世界90か国に広がる中高生を牧会的にサポートするミニストリーです。ヤング・ライフの目的は、青年世代がイエス・キリストに出会ってくれることであり、そのために教会の中で待っているのではなくて、教会から出て行ってそれを行うということにあるそうです。私が青森で行っている活動ともつながります。地域の認知度や信頼度も高く、公立含め、受け入れてくれる中学・高校へ出かけて行き、スポーツイベントやカフェテリアに顔を出し、中高生と個人的に交流を始められますが、すぐに子どもたちが受け入れてくれる訳ではなく、繰り返し接しているうちに自分たちが安全な大人であることがわかるし、信頼できる存在であることがわかってくるそうです。教会との橋渡しのためのボランティアです。青森にも三沢にあると伺いましたので、一度訪ねてみたいと思います!
研修を終え、夜は念願のLogan’sというステーキ屋さんに。出発前から何度も伺っており、楽しみにしていました。わらじサイズのステーキ。大味ではなく、最後まで美味でした♪もう一回ぐらい行きたいなぁ。
6日目はまずウェスタン神学校を再訪しました。9:40からのチャペル礼拝に出席しました。礼拝後にホールでコーヒーアワーが行われ、神学生や教授陣、約100名に日本からの訪問団として紹介されました。その後、短い時間でしたが神学校学長と面談の時間が与えられ、オンラインによる留学システム等の説明を受けました。元学長でもあるヘッセリンク博士(日本で20年以上にわたり宣教師として奉仕)に学内を案内していただいた後、学内カフェテリア・スープキッチンで昼食をいただきました。この昼食の取り組みが素晴らしいのです。学内のみならず、近隣にまで解放され、月~金まではランチが、週末はブランチが、困難を覚える方々や学生たちのために無料でふるまわれるのです。4年ぶりに来訪したメンバーは、その進化にも驚いていました。利用者も増え、味も良くなり、種類も増えていたとのこと。これらはみな、学校関係者や近隣の方々の献品と奉仕とによって成り立っています。
昼食後、移動してRCA(アメリカ改革派教会)本部を表敬訪問しました。館内をご案内いただいた後、前・世界宣教部局長であるジョニー・アリシアバエズ師や、現・世界宣教部局長のダニエル・ティアマン師と面談しました。日本における宣教師の働きや、日本の宣教の課題について分かち合い、そして一人ひとりを覚えて篤い祈りがささげられました。青森松原教会の設立にかかわった女性宣教師Miss.リラ・ウィン師(フェリス女学院などでも奉職)も、このRCAから派遣された宣教師です。
この日の最後はサードリフォームドチャーチに会場を移して、元日本宣教師たちとの会食を行いました。ヘッセリンクご夫妻、マギーご夫妻、ウンジッカご夫妻、レーマン師、エリノア・ノルデンさん、ズヴァイクハイゼン師、コエダイカーご夫妻。そうそうたるメンバーです。一番長い方は、50年近く日本で宣教活動を行ったことになります。このような命がけのご奉仕によって、今の日本の教会の基礎が築かれたことを想い、胸が熱くなりました。
私にとって何よりの恵みだったことは、東京神学大学でも教鞭をとられたレーマン先生が、帰国後RCAから派遣された宣教師の働きについて、その歴史を一冊の本に著してくださっていたことでした。私のこの研修旅行の一番の目的は、青森松原教会のルーツを探ることでした。Miss.リラ・ウィン宣教師が、RCAや神学校、各教会のどのような祈りやどのような想いによって送り出されたのか。残念ながら日本には、その記録がほとんど残っていないのです。20年ほど前に『青森松原教会百年史』を編纂した際にも、東北学院やフェリス女学院など、関係各所から資料を集めたのですが、設立当時の情報はほぼ皆無でした。ほんの数行触れられているだけです。今回レーマン先生からお話を伺ったところ、「それらの情報は日本にはないでしょう。私はウィン宣教師のアメリカへの報告書や私信などを元に歴史をまとめているので、もっと詳しい情報を持っています」との回答を得ました。日曜日の第一礼拝と第二礼拝の間に、また詳しくお話を伺う約束をし、また、レーマン先生が著されたRCAの教会史をお分けいただけることになりました!
どのような団体においても、設立当初の理念や思想はとても大切なものだと思います。青森松原教会が新しい歩みを始めるにあたり、何よりもふさわしい出会いが与えられたと感謝しています。
同時にこの日の各訪問は、私の恩師たちの足跡を辿るような旅路でもありました。私に洗礼を授けてくださった大木英夫先生はヘッセリンク先生ご夫妻やレーマン先生とは何十年にもわたるお付き合いがあり、東京神学大学でも共に学長、教授として後進の指導に当たられました。そして私の牧師としての再出発を支え、ご指導くださった上尾合同教会の秋山徹先生は、ウェスタン神学校を卒業され、在学中はサードリフォームドチャーチの礼拝にご出席されていました。サードリフォームドチャーチの礼拝式文を読み、上尾合同教会の礼拝との近さを強く感じました。先生のベースがここにあったのかという発見でした。先生が在学中に始められたウェスタン神学校の日本語礼拝にも出席させていただきました。そこからの受洗者(日本からの留学生ら)も多く生まれていると伺いました。
青森松原教会も、そして私自身も、新たな気持ちで歩みを始めるのにふさわしい時が与えられました。主に感謝。
9月の第一月曜日は、アメリカの祝日、レイバーday。日本でいう勤労感謝の日のような日だそうです。お休みの日を利用して、ミシガンから3時間かけてシカゴを観光しました。田舎町ミシガンと、大都会シカゴ。そのコントラストがおもしろかったです。
マグニフィカント・マイル(魅惑の1マイル)と呼ばれる美しい街並みを眺めながら、20分ほど歩いて昼食会場のジョン・ハンコックビルへ。シカゴ1ではありませんが、指折りの高層ビルの95階から眺める景色と共に、おいしい昼食をいただきました♪
マグニフィカント・マイルとの差を楽しむために、帰りは裏通りを通ってシカゴ美術館へと向かいました。モネやピカソ、シャガール、レンブラントなど堪能しました。それにしてもシカゴ美術館は広い!2時間以上の時間を取っていたのですが、正直回りきれませんでした。
途中シカゴのチャイナタウンで軽めの夕食を済ませ、翌日の訪問先を考慮して、2時間かけてエルクハートへと移動し就寝しました。
5日目はシプシワナという街を観光しました。ここの滞在目的はアーミッシュ(キリスト教の宗派の一つで、歴史の中では異端扱いされ、迫害を受けたことも)と触れることでした。「アーミッシュの街、シプシワナ」と呼ばれるほどです。
徹底した平和主義と再洗礼主義がこの宗派の特徴。そして何より彼らの信仰に基づいて古い生活スタイルを続けていることで有名です。必要はすべて神から与えられると信じて、文明や機械に頼らない農業中心の生活をしています。いまだに街の中を馬車が、観光目的とかではなく、移動手段の一つとして普通に行き来しています。
アーミッシュ、メノナイト、フットライトの3宗派が協力して作った「メノ・ホフ(メノナイト博物館)」を訪ね、ボランティア案内人による丁寧な説明を受けながら、2時間以上ゆっくり見学しました。今まで教会史の学びの中で、ごく短く2-3行学んだ程度の物事の背景に、これほどの歴史が眠っていたのかと驚かされました。
写真の掲載は時間がかかるので、写真と続きはまた次回記します。必要は神から与えられると信じ、文明や機械に頼らず、農業中心の生活をしている彼ら。いまだに街の中を馬車が、移動手段の一つとして普通に行き来していました。