青森松原教会ホームページ

青森松原教会は134年の歴史を持つ、キリスト教の教会です。

TEL:017-776-4800

 FAX:017-723-6809

〒030-0813 青森市松原1-16-27

未分類

エルヴィス・プレスリーとゴスペル

新年も2週間以上過ぎました。新年に聴いた、大好きなCDのことを書きます。そのCDのタイトルは『エルヴィス アルティメット ゴスペル』。エルヴィス・プレスリーお好きですか?“知らな~い、それって昔の人でしょ?”或いは“ファンよ”という方もおられるでしょうね。40年ほど前に、42歳で突然亡くなったアメリカのロックンロール歌手。長いもみ上げ、派手なジャンプスーツ、身体をくねらして歌う人気絶大の歌手でした。しかしエルヴィスが憧れ、なりたかったのはゴスペル歌手だったということはあまり知られていないと思います。エルヴィスは9歳で洗礼を受け、家族とともに赤ちゃんの時から教会に通い、聖歌隊としても歌っていました。黒人が多い教会でした。のちに「一緒に育ったものといえばゴスペル以上にありません。ゴスペルは自分の体の一部です」と述べています。CDでは、教会員には馴染みの讃美歌、「輝く日を仰ぐとき」、「くすしき恵み・アメイジンググレイス」も歌われています。私の好きな一曲に“REACH OUT TO JESUS ”があります。歌詞の要約:“あなたのその荷は重くないですか?疲れ果ててしまうことはありませんか?主の御名によって求めるなら主イエスが助けに来てくださいます。心挫けそうになった時は思い出してください。主イエスに向かって手を差し伸べるのです。そうすれば、主があなたに向かって手を差し伸べてくださいます”

あなたも聴いてみてください。心に沁みる歌ばかりです。

(S)

聖夜に思うこと

2015年12月24日に聖夜賛美礼拝がおこなわれました。今年はチラシに工夫をこらしたり、教会のHPやフェイスブックの活用など様々に試行錯誤しました。またアルパ奏者小野華那子氏の演奏もあり、92名の出席のもと無事に終えることができました。皆様の御奉仕と神の御加護を感謝します。

今年の伝道礼拝で久しぶりにマララさんの名を聞きました。となると「もう一人のマララさん」であるパキスタンの少女、ナビラ・レフマンさんのことが気になりました。米国のドローンによる誤爆で祖母を失い、兄弟と共に負傷しました。2013年に米議会公聡会で直接ドローン攻撃を止めるように訴えましたが、そこに来た議員はわずか5人だったそうです。彼女が望んでいることは教育を受けることです。米軍のタリバンの掃討作戦などでパキスタン軍から家や土地を奪われ、避難生活を余儀なくされています。学校には通えていません。

同じパキスタンの少女マララ・ユスフザイさんはタリバンに襲われても屈しなかったとして大々的に報道され、ナビラさんの場合は米軍の誤爆というせいか。ほとんど無視されています。2015年、ナビラさんは広島を訪問し、被爆者の方々と交流しました。いつの戦いでも犠牲になるのは市民です。

2016年はその犠牲がなくなるように祈ります。

(M)

神さまからのプレゼント

救い主イエス・キリストの誕生を喜び祝うクリスマスを迎えます。

私は幼少の頃、クリスマスにプレゼントをもらうのが楽しみでした。クリスマスの朝、私が寝ている間に母がそっと枕元に置いてくれたプレゼントを見つけて、それをサンタクロースが本当に持ってきてくれたものと思い込んでいました。

サンタクロースからのプレゼントは、神さまから与えられた物であること。そして神さまは、私たちに、その独り子であるイエス・キリストという最大のプレゼントを下さった方であることを信じられるようになるのは、ずっと先のことでした。

イエスさまがお生まれになったとき、天使たちが現れて神さまを讃美したと、聖書は記しています。神さまの愛に感謝し、天使の喜びの歌声に声を合わせて、神さまの栄光をほめたたえましょう。

(M・N)

コスモスさん、こんにちは

夏の暑い盛り、8月初め頃、野菜だしの景品でもらったコスモスの種を、百均で必要な石、肥料用の土などを買い、やや大きめな鉢に孫と一緒に植えました。やがて一週間も経った頃でしょうか、小さな、ちいさな芽が顔を出しました。数えてみると何と23コもありました。

5才と4才の二人の孫、嫁もみんな喜びの声をあげました。孫たちはそれから競争しながらせっせと霧吹きやジョウロで水やりをし、コスモスの成長を楽しんでいました。

そのコスモスが今、40~50センチにもなり、ついに蕾をつけはじめました。8月の終わり頃、もう一袋コスモスの種が手に入ったので、それも植えたところ、今度は14コ芽を出し、今は10センチになっています。これらのコスモスはどんな花を咲かせるのでしょう?とても楽しみです。

一つの花の発芽から、その開花、そしてもちろんその花がしぼんで落下したりなど朽ちていく様をつぶさに体験できるのは、なんと嬉しく感動を与えることか。それはほぼ全ての生き物(動・植物)にも共通することかと思います。

これから二つの鉢のコスモスはどんな花を咲かせてくれるのか、孫たちと共に毎日水やりをしながら、心をワクワクさせながらめでて行きたいと思う今日この頃です。

(E)

映画が届けてくれたメッセージ

つい最近、実話に基づいた3本の映画を観ました。DVDでは『天国は本当にある』(Heaven is for Real)と『神は死んだのか』(God’s not Dead)を観たのですが、タイトルが示すとおり、いずれもキリスト教について多く語られている作品です。

映画館では、『グッド・ライ』(The Good Lie)を観ました。スーダンの難民キャンプで育った若者たちがアメリカに移住させられ、文化の違いに戸惑いながらも困難を乗り越えていくお話です。と言ってしまえば簡単ですが、それほど単純なストーリーではありません。生き延びることがどんなに大変か、衝撃的な映像を通して、この作品は教えてくれます。

そして、この作品で私が一番注目したのは、逆境にあっても彼らが聖書を腕に抱えていた場面です。教会に通い始めてまだ1年も経たない私に、このシーンは大きなメッセージを届けてくれたように感じました。『神はいつもそばにいて下さる』のだと。

観たい映画が青森では劇場公開されないことが多く、残念に思います。次は、『サン・オブ・ゴッド』(Son of God)をDVDで観たいと思います。解説文には、「全世界大ヒット!永遠のベストセラー『聖書』の完全映画化。イエス・キリストの誕生から復活までを描いた歴史スペクタクル巨編。」とあります。聖書通読中の私には大変興味深い作品で、楽しみにしています。

YN

ある日の「祈り」

青森松原教会では教会全体での取り組みとして聖書通読を行っています(関連ブログ:6月18日、7月29日)。それは、聖書に親しむなかで、聖書のみ言葉を通しキリストの歩まれた道の意味を、日々、心に持ち続けたいからです。

祈って、祈って、聖書日課に追いつけるようにしたいです。

 

日々の祈り(8/12)

私たちの父なる神さま

あなたの道によって、すべてのことがなされますようにお教えください。

私の言葉が恵みをもって満たされ、私の親切が聖別され、

私が非難する時にも、

それが愛によってうながされますように。

キリストの心を持ちますように。

アーメン

(H)

タチアオイが咲きました。

先回ブログを記しました時は5月第一日曜日でした。今回も7月第一日曜日にブログ当番が回ってきました。

5月、庭の花が芽吹きだしていました。

7月、今年の天気に恵まれすっかり成長し、沢山の花を咲かせています。

 

塀に沿って植えました「チョコレート色」(黒?)のタチアオイが咲き始めました。

タチアオイ・英名はホーリーホック= hollyhock

意味は「聖地の花」だそうです。素敵ですね。

 

一昨年の北海道旅行、雨の日、こぼれ種から芽吹いていたタチアオイを発見。「私達を連れて行って!!!」っと懇願されているような気がして、連れて帰り、目隠しも兼ね道路側の方に植えました。2年の時を経て、今我が家の庭で数本咲いています。

 

カトリックのクリスチャンである渡辺和子先生がおっしゃっていらっしゃいます。

「置かれた場所で咲きなさい」

その言葉の通りです。

 

タチアオイ

今咲き誇り自分の役割を充分に果たしています。上にスーッと伸び、沢山の蕾をつけています。咲き上がり、テッペンの蕾が咲くと、梅雨明けだそうです。

 

毎日の晴天

今梅雨?未だ梅雨に入ってない?解らない状態ですが、タチアオイに梅雨明けをおしえてもらいましょう。でも、高いの、低いの、どれに教えてもらいましょうか??

 

(R)

青森の梅雨入り

雨の少ない6月となった青森。梅雨は来ないのかなぁと思っていたら突然の風、振り続ける雨で梅雨入りの予想というニュースがあった。聖書にある、「いきなりのことに油を用意していないおとめ」のたとえ話を思い出した。これが自分だけれども、大きく見守ってくださる方がいると思い、やはり一日一日感謝して生きようと思う。

(T)

牧師館の花壇

先週の土曜日、教会員のご夫妻が朝から牧師館の花壇の手入れをしてくださいました。牧師館の花壇には、あじさい、はまなす、赤スグリの木が植えられています。

枝が伸び放題になっていたあじさいの剪定をしてくださり、雑草を刈ってくださり、花壇はすっきり広々となりました。見ると、赤スグリの実がたくさんなっていました。もう少しで収穫出来そうです。あじさいはまだつぼみ、これから見頃を迎えます。

ご奉仕してくださったご夫妻に感謝致します。

(S)

赤スグリ

赤スグリ

あじさい

あじさい

時は流れる

「後期高齢者」たる私の身に、珍しく高揚感に浸る一と刻をお与えくださった神様に厚い感謝をお捧げして一文を綴ることに致します。

昭和14年の或る一日、私は一学生として国語担当の先生の前に呼び出されて説教を頂いて居ました。「方丈記は日本古典文学史上三大随筆の一つとして尊重されて居るんだよ。それに対して君の感想文は批判が強すぎる。こんな態度は良くない。」とのお言葉なのです。寡学非才の私はひたすらお詫びしてその場から逃れるばかりでした。当時の私の勉強ぶりと言えば、教科書に載って居る部分を暗誦し時々頭の中で反唱しては陶然たる気分を満喫する程度のものでした。

時は流れました。その間に日本は太平洋戦争に突進して敗北し軍国主義は影をひそめて純文学作品に謳歌できる喜びを味わえる日々が訪れるようになりました。

そして思いもかけない事に出会ったのです。昨年の11月下旬に手にした月刊誌「B」のあるページに私の目は釘付になりました。方丈記の冒頭部「ゆく河の流れは」と題したSという方の分が載って居るのです。私が若気の至りで鴨長明に「中途半端な世捨て人」と評して先生から叱られた事を思い出しながら夢中で読みました。私の何十倍も学問したS氏は「長明はオボッチャマで、努力しないで出世しようとした人間」と厳しい調子の言葉が縷々並べ立てられて居るのです。S氏は自分の意見の見解について友人に意見を請ったところ、大学の教授であるその友人は「学者にはそんな書き方は出来ないのだ。君の文をそのまま発表してくれ。」と嬉しそうな風情を見せたというのです。

私にしてみれば、正に価値観の逆転問題なのでした。この文を読んだ私は別に感情の動きも起きず、只々「時の流れ」というものに深く胸打たれる感慨しきりといったものだけです。そして今まで生かして下さった神様の愛の深さを改めて感じた事でありました。

(N)